2021年1月中旬
起き上がることもできなくなった
トイレに行けない
オムツやからそのまましてもいいよ
換えたらええだけやし😌大丈夫やで
私のホント知識不足で
漏れてしまいました
ズボンが濡れてしまった
悔しかったと思う
どんなに悔しかっただろうか
その日は通院日
行かんと言うけど
今日は行かなダメ
おんぶして車まで行くからと
言うたら
それなら救急車を呼んでくれ
と言われたので呼びました
救急車は到着してから発車まで
こんなにたくさんすることがあると
知りませんでした…恥
かかりつけに搬送されたので
そのまま入院
大部屋しか空いてないと言われましたが
本人が個室をずっと希望してその日の
夜から個室に入れた
コロナ禍だから初日でも病室に付き添えず
同意書のサインを夫がしており
字がクネクネ震えていた
泣けて泣けて仕方なかった
書く力もないなんて…
抗がん剤も11月の1回だけ
11月、鎖骨下にポートを埋め込みましたが
栄養の点滴時に漏れてすごく腫れたらしい
抗がん剤やったら大変やった😲と
夫は怒り気味でした
ポートは右腕に埋め込む再施術
その後、抗がん剤に使われることはなかった
1月の入院から、私はフレックス勤務を
させていただきました
理解ある上司で本当に有難かった
朝は6時半に出勤し15時退勤
変わりはないか着替えや必要な物を聞きに
行きました
主治医の許可証があれば感染防止対策をして
短時間の面会を許していただくことも
栄養の点滴のみ、吐き気止めを入れて
いただくも改善せず
この時もまだ末期と思わず
余命宣告もない
ひとりでテレビもつけず
お見舞いもなく
昼も夜もない
スマホも触りたくない
時間も見たくない
ただ時が過ぎていく
それを耐えるのみ
看護師さんにはホント感謝
施術は無くとも話しかけに
来てくれてた
あの時から、病気になった時からの
自分が情けなすぎる
ホント何してたんだ私…😢
【次回】
抗がん剤を諦めたくない、と願った日々。

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